はならかんのおすすめ商品やご案内を掲載いたします。写真をクリックすると大きな画像で見られます。

jizou 7
















以前ご紹介した地蔵菩薩です。

透かし金具のかまぼこ型のお厨子に入っております。

注意点のみお知らせします。
向かって左側の扉にイタミがあります。
強く閉めれば扉の鉤も下ろせますが、
古いものなので、すこし勇気が要ります。
無理に閉めようとすると、扉の構造上、
カーブの部分が破損する恐れがあります。

お気に召していただければ幸いです。




jizou  1jizou 2jizou 3jizou 4jizou 5jizou 6jizou 8

20200312_HANARAKAN6545












L31mm    L30mm
W19mm   W18mm
D9mm      D8mm
孔直径4~5mm


姿形が近い勾玉です。
寸法もほぼ同じほどです。
同じ所で作られたのか、
規格が定められていたのか…偶然なのか。

出雲石は頭は厚めです。瑪瑙より胴は若干薄いです。
瑪瑙は頭も胴も大体同じ暑さです。
平面に置くとこんな感じに写ります。

孔の位置も出雲石が少し外側にあけられています。

個体差なのか、ちょっと違った印象がします。




お問い合わせお待ちしております。

メールフォームは こちらです














2020.04.06


20200312_HANARAKAN6561













L27mm
W20mm
D7mm
孔直径4~8mm

縄文時代の勾玉です。
小振りですが、独特な存在感があります。
形の異様さは縄文時代の特徴の一つで見所です。

縄文時代後期頃には作り始められていたそうです。

縄文勾玉は、多様な形が存在します。
こちらのものは内側の弧の部分が “  く ” の字に見えるタイプです。

すり鉢状の孔の形も独特です。
片側の写真のみの掲載ですが、
同じような孔が反対側からも穿孔されています。
貫通部の径も大きめですが、大珠の孔とも異なります。
工具の違いがあるのかもしれません。

緑色に見える所もありますが、
良く見ると表面のちいさなくぼみに、
水晶のような細かい結晶があります。
ヒスイではなさそうです。
縄文時代には様々な石が石製装飾品に使われておりました。

この縄文時代の存在感を実物でご覧いただきたいと思います。


お問い合わせお待ちしております。

メールフォームは こちらです








2020.03.22

20200312_HANARAKAN6586












L57mm
W29mm
D19mm
孔直径4~5mm





見応えのある大きさです。

勾玉らしい素直な形ですが、
外側の弧の部分に小さなくぼみがあります。
敲打の痕跡か、原石の窪みが磨ききれなかったのか、
武骨な一面もあります。

古墳時代のヒスイ製勾玉です。
両側から穿孔されています。
石製の錐が用いられたように思います。
最大3センチぐらいの厚みで、
下の先端部分はとがり気味で、
この部分に鋭い印象もあり、もしかすると…。

沁み込んだ土色に混じりうっすら赤色も残っています。
付着した顔料なのでしょうか?

手先で転がすのに十分な大きさです。
手に取る感触は心地よく退屈しません。




お問い合わせお待ちしております。

メールフォームは こちらです




2020.03.22
20200312_HANARAKAN659020200312_HANARAKAN6592

20200312_HANARAKAN6542












W 17mm  L 61mm  D 6mm 茎22mm(右端)




柳葉形銅鏃が3つ増えました。



鏃(ぞく)は矢の先端につける矢じりのことです。
縄文時代から黒曜石などの石が用いられてきましたが、
鉄や銅などの金属で作られるようになります。
掲載した銅鏃は古墳時代のものです。

銅鏃はどれを見ても丁寧に仕上げられており、
無駄のない形が印象的です。

先端部に赤い錆がありますが、
古墳に副葬されていたのでしょうか、
おそらくは鉄製具の錆がついたもののようです。
素材は銅に錫と鉛を合わせた金属なので、
緑青がところどころでております。
合間に銀色に光る部分が見えます。
少し磨けば、すぐに当時の姿になりそうですが、
この状態が置かれた環境によるものか、
原材料の特性によるものか良く分かりません。
1000年以上も昔の金属が、
この状態で残されていることにも驚かされます。

実用にはもったいないような形状と思っておりましたが、
儀器としてつくられていたもののようです。

奈良県天理市の東大寺山古墳から
261点の銅鏃が見つかっております。
奈良県桜井市のメスリ山古墳からは、
8組の束状で236点の銅鏃が出土しております。
どちらも4c~半ば頃に造築された前方後円墳で、
その地域に大きな影響力を持つ豪族のもののようです。

お問い合わせお待ちしております。

メールフォームは こちらです


2020.03.18


↑このページのトップヘ