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カテゴリ: 古墳 kofun

20200312_HANARAKAN6586












L57mm
W29mm
D19mm
孔直径4~5mm





見応えのある大きさです。

この勾玉を眺めていると、
ここのところずっと伊勢の古代史を勉強していたからなのか、
どうしても男性のイメージが浮かんでしまいます。
さぞや迫力のあるおかたが身に着けていたことでしょう。

勾玉らしい素直な形ですが、
外側の弧の部分に小さなくぼみがあります。
敲打の痕跡か、原石の窪みが磨ききれなかったのか、
武骨な一面もあります。

おそらく古墳時代のヒスイ製勾玉です。
両側から穿孔されています。
石製の錐が用いられたように思います。
最大3センチぐらいの厚みで、
下の先端部分はとがり気味で、
この部分に鋭い印象もあり、もしかすると…。

沁み込んだ土色に混じりうっすら赤色も残っています。
付着した顔料なのでしょうか?

手先で転がすのに十分な大きさです。
手に取る感触は心地よく退屈しません。

私達がぶら下げるには少し重いかと。







2020.03.22
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W 17mm  L 61mm  D 6mm 茎22mm(右端)




柳葉形銅鏃が3つ増えました。



鏃(ぞく)は矢の先端につける矢じりのことです。
縄文時代から黒曜石などの石が用いられてきましたが、
鉄や銅などの金属で作られるようになります。
掲載した銅鏃は古墳時代のものです。

銅鏃はどれを見ても丁寧に仕上げられており、
無駄のない形が印象的です。

先端部に赤い錆がありますが、
古墳に副葬されていたのでしょうか、
おそらくは鉄製具の錆がついたもののようです。
素材は銅に錫と鉛を合わせた金属なので、
緑青がところどころでております。
合間に銀色に光る部分が見えます。
少し磨けば、すぐに当時の姿になりそうですが、
この状態が置かれた環境によるものか、
原材料の特性によるものか良く分かりません。
1000年以上も昔の金属が、
この状態で残されていることにも驚かされます。

実用にはもったいないような形状と思っておりましたが、
儀器としてつくられていたもののようです。

奈良県天理市の東大寺山古墳から
261点の銅鏃が見つかっております。
奈良県桜井市のメスリ山古墳からは、
8組の束状で236点の銅鏃が出土しております。
どちらも4c~半ば頃に造築された前方後円墳で、
その地域に大きな影響力を持つ豪族のもののようです。

2020.03.18


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