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L 43cm   W 13cm   D 10cm
石棒            Jomon stone rod
縄文後期     BC2000~1000




石棒は縄文時代に用いられた…、
祭祀の石器です…。

祭祀の目的やどんなところに置かれていたのか、
知らないことが多く、調べてみました。

住居では、炉端や建屋奥の壁面、
入口から居住スペースへの通過点などから、
屋外では、土坑墓、配石遺構から見つかっております。

ほとんどの石棒が、壊された状態で見つかっております。
中には、火に入れられて、
表面がボロボロに焼け崩れたものもあるそうです。

どうやら祭祀の目的により、
使われ方や置かれた場所が異なるようで、
火や生命の再生に関わる祭祀や墓制に関わる祭祀に、
また、お墓の副葬品としても用いられていたようです。

稀にほぼ完全な形で見つかることもあるとのこと。

大正8年のこと、長野県南佐久郡佐久穂町で、
北沢川の改修工事で、
長さ223cm直径25cmの大変大きな石棒が見つかりました。
現在は佐久穂町高野町の田んぼの畦に立てられており、
今でもこの石棒を見ることができるそうです。

東京国立博物館の特別展“縄文”でも、
壊されていない石棒が展示されておりました。
月夜平遺跡(長野県佐久市)と緑川東遺跡(東京国立市)の4本です。
とても見応えのある大きな石棒でしたね。

象徴的で独特な形状から、
男性に関わることは間違いなさそうです。
厳しい環境の中、縄文人が様々な思いを込めていたのでしょう。

こちらの石棒は根元の貼紙に、
“山梨県須玉町片倉”と記されております。
現在の山梨県北杜市須玉町江草にある十五所神社付近のようです。
裏側には斑山の丘陵があり、その先は八ヶ岳南麓です。








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2018.9.27
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