はならかんのおすすめ商品やご案内を掲載いたします。写真をクリックすると大きな画像で見られます。



hana7554








 W13.5cm     H14cm    



縄文時代中期から後期頃のものと思われる小型深鉢です。
その頃の縄文土器にしてはおとなしい姿ですが、
口縁に一か所印象的なS字文が装飾されています。
区画された腹部の枠内に、それぞれに半円文、渦文が表されております。

割れた状態で出土しておりますが、欠損は少なく良好な状態です。

縄文土器は作られた時期と場所で形や装飾が異なります。
その違いは特徴として現れるので、出土地が分からなくとも、
おおよそのことが特定できることもあるのですが、…。
調べてみると形状や装飾に共通するものが出てくるものの、
そのものずばりの類品は見つからず、
おそらく縄文中期頃北関東辺りというところまでしか辿れませんでした。

深鉢形土器                      Jomon Deep Bowl
縄文時代中~後期           BC30th-10th century, midle~final Jomon period
 





2016.6.16
hana7556hana7557hana7561










h9










          
   寸法    W2cm     L3.2cm     H1cm
  



今でこそ、翡翠は日本から産出する宝石として知られておりますが、
昭和14年新潟県の小滝から再発見されるまで、
大陸からもたらされたものと考えられておりました。
その理由は、日本では縄文時代より装身具の材料に使われていた翡翠が、
仏教が伝来する頃には使われなくなり、長い間その存在を忘れられていたからです。

また近代においても、中国の清朝(江戸~明治)で作られていた翡翠の工芸品が広く知れ渡っており、
日本で再び発見されるまでは、翡翠は中国に由来するものと認識されていたそうです。

そんなに忘れられてしまうのかと、ちょっと驚いてしまいますが、
そこには致し方ない歴史的な背景があったようです。


今回の勾玉は、ざっと1000年ぐらいの間、忘れられていた日本の翡翠からできています。

画像をを見ていただくと、とても丁寧に作られていることが分かると思います。
表面もきれいに磨かれていて、カセたところもありません。
光にかざせば、光が透過し翡翠らしい景色が現れます。
狼汗のように透き通るタイプではございませんが、淡い緑の色あいは見所です。

頭部に刻まれた三本の線は、深さが1mmにもみたない溝になっています。
このような刻み目をもつものは丁字頭“ ちょうじがしら ”、丁字は香辛料のクローブのことで、
その似た姿から呼ばれるようになりました。
今回の丁字頭は彫りが薄く、写真に収めるのも一苦労でした。
これが装飾なのか用途があるのか分かりませんが
もしかすると単純化された伝統的なデザイン?なのかもしれません。
弥生時代の勾玉に良く見られます。

大きさも手頃で光沢もあり、感触も心地よいので、
アクセサリーに加工されても、手元で鑑賞されても楽しめるはず。
宜しければ、一度実物もご覧いただきたいと思います。


ヒスイ製勾玉           Magatama jade
3~6世紀 古墳時代   3-6th century, Kofun period









h8h7h6h5h4h3h2




2017.8.22



無題











11面観音菩薩坐像          Jyuichimen kannon bosatu za zou
17~19世紀 江戸時代   17~19 century Edo period
W7cm     H6cm      D2.8cm     厨子外寸





無題5無題6無題4無題2無題3



2017.8.24

↑このページのトップヘ