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11面観音立像              
Jyuichimen kannon ryu zou
17~19世紀 江戸時代   17~19 century Edo period
W5.5cm     H12.5cm     D4.5cm     厨子外寸


腰を軽く捻り、右足を曲げ動きのある姿で表されております。
頭上に10の顔があり、頭頂部の化仏は如来の顔になっております。
あらゆる方向に顔を向け、人々を救済する超人的な能力を具現化した造形とのこと。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     中央にある全身が表された化仏も如来ですが、こちらは頭冠の装飾のようです。

左手に水瓶、右手に数珠を持っております。

金箔の上に透き漆をかけ、厨子も立派な出来栄え。
透かし彫りの金具も手が込んでいます。






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L 43cm   W 13cm   D 10cm
石棒            Jomon stone rod
縄文後期     BC2000~1000




石棒は縄文時代に用いられた…、
祭祀の石器です…。

祭祀の目的やどんなところに置かれていたのか、
知らないことが多く、調べてみました。

住居では、炉端や建屋奥の壁面、
入口から居住スペースへの通過点などから、
屋外では、土坑墓、配石遺構から見つかっております。

ほとんどの石棒が、壊された状態で見つかっております。
中には、火に入れられて、
表面がボロボロに焼け崩れたものもあるそうです。

どうやら祭祀の目的により、
使われ方や置かれた場所が異なるようで、
火や生命の再生に関わる祭祀や墓制に関わる祭祀に、
また、お墓の副葬品としても用いられていたようです。

稀にほぼ完全な形で見つかることもあるとのこと。

大正8年のこと、長野県南佐久郡佐久穂町で、
北沢川の改修工事で、
長さ223cm直径25cmの大変大きな石棒が見つかりました。
現在は佐久穂町高野町の田んぼの畦に立てられており、
今でもこの石棒を見ることができるそうです。

東京国立博物館の特別展“縄文”でも、
壊されていない石棒が展示されておりました。
月夜平遺跡(長野県佐久市)と緑川東遺跡(東京国立市)の4本です。
とても見応えのある大きな石棒でしたね。

象徴的で独特な形状から、
男性に関わることは間違いなさそうです。
厳しい環境の中、縄文人が様々な思いを込めていたのでしょう。

こちらの石棒は根元の貼紙に、
“山梨県須玉町片倉”と記されております。
現在の山梨県北杜市須玉町江草にある十五所神社付近のようです。
裏側には斑山の丘陵があり、その先は八ヶ岳南麓です。








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2018.9.27
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