はならかんのおすすめ商品やご案内を掲載いたします。写真をクリックすると大きな画像で見られます。

無題20








普賢菩薩坐像  三尊       
Fugen bosatu za zou san zon
17~19世紀 江戸時代   17~19 century Edo period
W7cm     H6cm      D2.8cm     厨子外寸



普賢菩薩は、単独で祀られることもありますが、
大多数が文殊菩薩と共に釈迦如来の脇持に置かれております。
こちらの厨子仏は普賢菩薩を中心にした三尊。
この三尊の形式は見たことがなく、初めて見る組合わせです。

もしかすると、普賢菩薩を無理やり後から付けたものと疑ってしまうところ…。
注意して右隣りの観音像と見比べていただくと、
顔立ちや髻、衣文、瓔珞の作行きに共通点が見られ、
岩座と台座の接合部分も自然なことから、
間違いなくこの三尊形式に作られたようです。

この観音像につきましては、持物が失われておりますが、聖観音菩薩と思われます。
右手には蕾の蓮華を持っていたようです。左手は指先で花弁を摘むように添えられています。
左隣の愛染明王は後ろの六臂、持物も含め一材から彫りだされており、
頭頂の獅子冠にはしっかり五鈷も付いております。

残念ながら、普賢菩薩の両腕が欠損しています。
厨子の扉も傷んでおり、台座の蓮弁につきましてはほとんど剥落しております。

厨子の内寸は幅6.5×高さ5cmですが、この空間によく納まっていると感心します。
小さいながらも、お顔も優しく、ぜひ実物をルーペでご覧いただきたいと思います。

でも、なぜこの三尊なのか理由は分かりません。








2017.9.26


無題22無題21L-9608L-9611L-9609無題24

20180207_hanarakan3700











   W4cm     H7cm      D3cm     厨子外寸

            


            

       





こちらの愛染明王は本体の高さが2cm程度でございますが、
ほぼ木地のまま仕上げられ、蓮弁も一枚ずつ彫刻されています。
よく見ていただくと、持物も全部揃っていることが分かります。
逆立った髪や着衣、胸元の装身具にも彩色がされております。

一般的に、体だけでなく光背から蓮弁まで、
赤いイメージが強い愛染明王ですが、
これは仏教で説かれているところの、
煩悩愛欲の激しさを象徴しているそうで、
愛染明王はその煩悩を、
清らかな菩提の心へと導く仏さまとのことです。

蓮華座を支える壺も特徴的で、
宝珠やら貝やら宝物が溢れだすとても賑やかなものもございます。

江戸時代には、この壺を藍染めに使われる藍壺に見立て、
愛染と藍染の語呂もよく、染織関連の人々からも信仰されておりました。

通常の愛染明王は一面六臂の姿で、手前の手に金剛鈴と金剛杵を、
二番目の手にに弓と矢を、三番目の手に蓮の花を持っており、
左手(左第三手)は持物を持たずに握り拳で表ます。

一部の仏画では左第三手に、日輪や宝珠、輪宝、甲冑、人頭、鳥など、
異なる持物を持つ姿で表されております。
どうやら本来の愛染明王は、私的なお願いをするほとけさまだったようで,
左第三手は祈願の目的により持物を変えて描き、
願いを書いた紙を左第三手の裏側に貼り付けて、
彫像ならば、獅子冠の口に入れて、祈祷がおこなわれていたようです。

平安時代の貴族たちが成功や出世、健康、寵愛などを願う様子が、
その頃の日記や記録に残されているとのこと。





愛染明王坐像        Aizen myouou zazo

江戸時代             Edo period 17~19 century 

2018.3.29



20180207_hanarakan370320180207_hanarakan3704IMG_275520180207_hanarakan370720180207_hanarakan3705

20180207_hanarakan3656











 古墳時代  W1.8cm     L2.9cm     H1.1cm  



     
     

       






今年最初の勾玉です。

この勾玉は小振りながら厚みがあり、全体にふっくらしております。
白い石質の部分もございますが、ライトで透かすと濃い緑がとてもきれいに映ります。
頭の辺りには線が刻まれ、丁字頭になっており、紐穴の径は3mm弱、両側から穿孔されています。

昨年のことになりますが、ほぼ同寸、同様の勾玉を掲載させていただきました。
こちらの勾玉は昨年のものとは少し形状が異なります。
丸く大きな頭と、胴体との境にあるくびれ、鉤状にやや突き出た尻尾が特徴的です。

資料を探していると、
石上神宮社宝の硬玉製勾玉11品の中の1点に(3番目に小さいものに)似ているものがありました。
写真は撮影された環境で映り具合が実物と印象が異なることがあるので、比べにくいのですが、
形状と寸法がほぼ同じようです。ただし紐穴は今回のものより大きいです。

また、古墳時代の前期の終わり頃から中期の初め頃にかけて、
穿孔具の素材が石製から鉄製に移り変わるそうで、
その結果、孔の断面はすり鉢状から円筒状になるとのこと。

今回の勾玉の紐穴は直径が3mm弱と小さく、穿孔具が石製なのか鉄製なのか悩むところ。
ルーペで覗くと円筒状に見えないこともないのですが、メノウや水晶にあけられた穴とも違いますので、
石製の錐で穿孔したものかと。




ヒスイ製勾玉           Magatama jade
3~6世紀 古墳時代   3-6th century, Kofun period


2018.2.11

20180207_hanarakan366020180207_hanarakan365720180207_hanarakan366320180207_hanarakan365220180207_hanarakan366620180207_hanarakan365520180207_hanarakan365620180207_hanarakan3640

↑このページのトップヘ