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20191003 _HANARAKAN4570
L26mm
W16mm
D9.5mm
孔直径5~6mm


深い緑色がきれいな勾玉です。
頭部に2本太く深い溝が刻まれており、
小振りながら十分存在感があります。

勾玉には紐通しの孔があけられております。
こちらの勾玉は、
全体の寸法の割に孔の径が大きい印象を受けます。
これは穿孔工具によるもので、石製の錐が使われた場合、
このように径が大きく、底がすり鉢状に湾曲した孔となるそうです。
古墳時代の初め頃まで、このように穿孔されておりました。

石質はとても良く、自然光のもと見ても楽しめます。
光にかざせば透きとおり、ヒスイの魅力そのものです。

実物をご覧いただくことをお奨めします。



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2019.10.23
20191003 _HANARAKAN4590

IMG_4434
   H 110mm
 W 75mm
 D 48mm







杖のような大きな枝を持ち、長髪で長い髭、
厳しい形相で睨みを利かせ岩座に立つ姿?

道ひらきの神として信仰されてきた猿田彦大神のようです。

江戸時代には庚申信仰や道祖信仰とも結びつき、
広く民間に親しまれ、掛け軸や石仏として姿が残されています。

図像をみると、それぞれ鉾や刀、榊などを手にしており、
さまざまな姿で表現されております。
共通するところは、力強い鼻と、目の睨みを強調して表されている点です。

簡素な厨子にもかかわらず、
太陽の光のイメージなのか内側には金箔が貼られ、
衣や履物にも金泥で装飾されております。

じっくり調べることができれば、
古墳時代の出来事をあれこれ想像できるようなきがしており、
個人的には腰を据えて勉強したい部分なのですが…。
平安時代に書かれた古事記や日本書紀、出雲国風土記には、
天孫降臨に関わる国津神として、
出雲、日向、伊勢での伝承が記されているそうです。

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2019.10.21

IMG_4435

20191003 _HANARAKAN4584
 L64mm
 W38mm
 D23mm
 孔直径3~5mm




なかなか見かけることのない大きさです。
厚みもあり手に取った時の感覚も重量級です。
目にするところ全てが大きく見応えもあります。

全体的に白っぽく、少し青みをおびています。
最大で23mmの厚みですが、透光性があり、
ライトにかざせば淡く透きとおり青白色に変わります。

たいへんなめらかに研磨されており、
磨きだされた表面をついつい眺めてしまいます。

東京都板橋区には四葉地区遺跡があります。
そこの大型周溝墓から長さ74mmのかなり大きなヒスイ製勾玉が出土しております。
その勾玉は腹部から先端にかけて鉤状に湾曲しており、
弥生時代の勾玉らしさを感じられます。

今回紹介する勾玉とは少し形が異なります。
こちらは前方後円墳があちらこちらで造築されていた、
古墳時代と考えております。
当時の人たちも、この大きさに驚いていたことでしょう。






2019.10.09
20191003 _HANARAKAN4566


20191003 _HANARAKAN4579
      W 17mm  L 61mm  D 6mm 茎22mm




鏃(ぞく)は矢の先端につける矢じりのことです。
縄文時代から黒曜石などの石が用いられてきましたが、
鉄や銅などの金属で作られるようになります。
掲載した銅鏃は古墳時代のものです。

銅鏃はどれを見ても丁寧に仕上げられており、
無駄のない形が印象的です。

先端部に赤い錆がありますが、
古墳に副葬されていたのでしょうか、
おそらくは鉄製具の錆がついたもののようです。
素材は銅に錫と鉛を合わせた金属なので、
緑青がところどころでております。
合間に銀色に光る部分が見えます。
少し磨けば、すぐに当時の姿になりそうですが、
この状態が置かれた環境によるものか、
原材料の特性によるものか良く分かりません。
1000年以上も昔の金属が、
この状態で残されていることにも驚かされます。

実用にはもったいないような形状と思っておりましたが、
儀器としてつくられていたもののようです。

奈良県天理市の東大寺山古墳から
261点の銅鏃が見つかっております。
奈良県桜井市のメスリ山古墳からは、
8組の束状で236点の銅鏃が出土しております。
どちらも4c~半ば頃に造築された前方後円墳で、
その地域に大きな影響力を持つ豪族のもののようです。








2019.10.07

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