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目白コレ2017秋


















いよいよ目白コレクションが迫ってまいりました!


この夏は“目の眼”で勾玉の特集が組まれたり、
なんでも鑑定団で勾玉が取り上げられたり、
ここにきて、勾玉への関心が高まってきているような気がしております。

片隅でひっそり扱ってきたはならかんといたしましては、
一喜一憂することなく、これからも勾玉に迫っていきたい考えております。

もちろん今回の目白コレクションでも、いくつか展示させて頂く予定です。

こちらの目白コレクションでは、
毎回考古の物を扱う優良店が出展しますので、
興味のある方にはぜひお越しいただきたいと思います。

突然の選挙とのことで、投票日と重なってしまいましたが、皆様のお越しをお待ちしております。







2017.9.27

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海の道 むなかた館 宗像市深田588番地       
sea road Munakata city museum
588 Fukada, Munakata city Fukuoka Prefecture



沖ノ島では毎年5月に" 現地大祭 "が行われておりました。
公募によって選ばれた一般の人も上陸し禊の後、沖津宮を参拝していたそうです。
その後、希望者は巨石がそびえる付近の遺跡を見学することもできたとか。
今年、沖ノ島は世界遺産に登録され、一層の保護が必要となったために、
来年から" 現地大祭 "は上陸することなく行われるとの発表がありました。
チャンスがあれば行きたかったのに、いよいよ本当に行けなくなってしまいました。

少し残念ですが、それでも大丈夫です。
沖ノ島へ行かずとも、理解を深めるよい所がありました。
宗像大社の近くにある、郷土文化学習交流館 " 海の道 むなかた館 "です。
沖ノ島や宗像の古代史に興味のある方には、神宝館と併せて訪れていただきたい場所です。

こちらでは宗像地域の歴史をテーマに、展示されております。
館内では、沖ノ島の祭祀について、その変遷を細やかな模型で再現しており、
社殿祭祀以前の古代祭祀の様子がとても分かりやすく展示されております。

出土品の展示も充実しております。
特別展示室には田熊石畑遺跡から出土した、
翡翠製の垂飾と勾玉が一連の管玉とともに展示されておりました。
中には、分銅形の垂飾やA字状の勾玉といった、
弥生時代の勾玉の多様性を示す、他では見られないタイプのものでした。

田熊石畑遺跡は弥生時代中頃から古墳時代の地域の拠点集落跡です。
平成20年に調査され、環濠、竪穴住居跡、貯蔵穴、墳墓、掘立柱建物(倉庫)跡が発掘されました。
墳墓は9基からなり、6基調査され、翡翠製装身具が見つかりました。
銅剣、銅矛、銅戈といった青銅製の武器(15点)も発掘されております。
一つの墓域から青銅製の武器が15点も出土することは珍しいそうで、
この集落の集団が宗像地域より西にある、奴国、伊都国、末羅国などの、
弥生文化先進地と肩を並べる有力集団だったと考えられております。
こちらの青銅器も展示しておりました。

" むなかた館 "では、もう一つ、興味深いものが展示されております。

稲作に伴う農耕祭祀に用いられたと考えられている土笛です。
光岡長尾遺跡という環濠集落の跡から欠損のない状態で発見されました。
形状は卵の形で、中は中空、上部に吹き口と側面に4か所の指孔があります。
吹くと素朴で優しい音がするそうです。
今のところ、100点程度見つかっております。
出土地の分布が特徴的で、おもに三つの地域、
関門海峡付近、島根半島付近、丹後半島付近から発見されています。
各地域がかなり離れている印象を受けてしまいますが、
対馬海流に沿った稲作の伝播するルートと重なることから、
土笛を介し共通の農耕祭祀を行っていた、一つの文化圏が想定されているそうです。
平成25年には、隣の福津市の香葉遺跡からも出土しており、
今のところ最も西にある出土地とのことです。
また、宗像・福津地域では甕棺墓が用いられなかったことからも、
西にある九州北部の有力集団とは異なる文化圏だったことが分かるそうです。

今回は宗像へは二度目の訪問でしたが、" むなかた館 "へは初めて伺いました。
こちらで知った遺跡、見てきた遺物を通じて、この地域の弥生時代から、
その後の古墳・奈良時代へ続く様子が見えてきた!ような気がして楽しかったです。
宗像に行ったら、神宝館と併せて訪ねていただきたいと思います。

隣接する宗像市民図書館では、
宗像の歴史や文化に関する書籍・資料がそろっているそうです。

こちらも参考にしてください。
   
むなかた電子博物館 http://d-munahaku.com    
   
    
    
2017.9.6 
   

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宗像大社 沖津宮遥拝所
Munakata taisya shrine Okitsu-gu youhaijyo
Oshima island, Munakata city Fukuoka Prefecture

御嶽神社/大島御嶽山遺跡
Mitake jinnjya shrine/Oshima Ontake san ritual site
Oshima island, Munakata city Fukuoka Prefecture


市営大島渡船で筑前大島へ。

島の周囲は15キロです。
ガイドマップでは、中津宮から御嶽神社を経由して沖津宮遥拝所へ行くルートが、
全長7キロ、所要時間は徒歩で2時間40分と紹介されています。

沖津宮遥拝所は、渡島が禁止されている沖ノ島を拝むための場所です。
島内ではこの場所と中津宮、御嶽神社が、
宗像・沖ノ島と関連遺産群の構成資産に登録されております。

いつからここに遥拝所があったのか調べてみると、
どうやら詳しいことはあまり分かっていないようでした。
唯一残っている手掛かりは、階段の手前に残る石碑。
寛延3年(1750年)と刻まれており、
少なくとも18世紀中頃にはあったことを示しているとのこと。

島の北側に位置しており、沖ノ島はここより49キロ先にあります。
晴れて空気の澄み切った日には、はっきりと沖ノ島を望むことができるそうです。





御嶽神社は標高223メートルの御嶽山山頂にあります。
山頂にある展望台からは、大島港を見下ろすことができ、
その先の宗像や福津が良く見えておりました。

この場所は中津宮の起源となる古代祭祀遺跡(大島御嶽山遺跡)でもあります。

平成22~23年にかけて実施された宗像市教育委員会調査によりますと、
7世紀後半~9世紀にかけて、この場所でも露天祭祀が行われてきたようです。
社殿の造成のため遺跡の一部は失われましたが、
山頂の南側斜面を中心に多くの遺物が見つかっております。

見つけられた遺物は、
奈良三彩の小壺(5個体)蓋(6個体)をはじめ、製塩土器、須恵器、土師器など諸々、
滑石製品 形代(人形馬形舟形)、円盤、勾玉、臼玉、
青銅製品(雛形容器 琴形状雛形)、八稜鏡、鈴など、
鉄製品(鏃・鉾・刀子雛形品・刀子実用品など)。

これらの遺物には沖ノ島で奉献されていたものと共通するところがあり、
沖ノ島と連動して祭祀が行われてきたことが分かるそうです。
沖ノ島では半岩陰・半露天祭祀~露天祭祀が行われていた時期にあたるそうです。





今回、島内の移動は、レンタカーを借りることにしました。
効率よく周ることができ、エアコンも快適でとても助かりました。
道路には案内表示が整備されており、迷うこともありませんでした。

遥拝所では、

肝心の沖ノ島を、見たはずなのに疑心暗鬼。
スマホの写真にも写っておらず、
もやもや感が残る残念な結果になりました。
聞くところによると、晴れていても沖の湿度が高い時には、靄が出てしまい見えにくいとのこと。
次は、寒い時期に行きたいと思います。

2017.8.23

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